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京都地方裁判所 昭和26年(行)16号 判決

原告 伊藤真暉子 外一名

被告 京都府農業委員会 外一名

訴訟代理人 高瀬正一郎 外二名

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告両名訴訟代理人は(一)被告京都市中京区農業委員会が昭和二十六年九月十日原告両名所有の別紙物件目録記載の土地(以下本件土地と略称する)について定めた買収計画及び(二)右買収計画に対する原告両名の訴願に対し、被告京都府農業委員会が昭和二十六年十月三十日行つた裁決中訴願棄却の部分はそれぞれこれを取消す、訴訟費用は被告等の負担とする、との判決を求め、その請求の原因として本件土地は原告等が昭和二十五年十一月十五日同人等の先代亡伊藤良之輔(以下原告先代と呼ぶ)から相続した所有土地であるが被告中京区農業委員会は昭和二十六年九月十日右土地壱小作農地と認定して自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第三条第一項第一号に基いてその買収計画を定めた。

そこで原告等はこれを不服として同年十月十日同人等の他の土地の買収計画に対するものと合せて被告京都府農業委員会に訴願を提起したが同年十月三十日同被告は右訴願中本件土地の買収計画に関する部分を棄却する旨の裁決をした。しかし前記買収計画には左記各項の如き違法がある。

(一)  先づ本件土地は農地ではない。即ち本件土地の周囲は昭和五、六年頃から住宅地として急速に発展し、国鉄、市電等に近接していて交通至便のため恰好の住宅地となり附近には住宅が建ち並び買収計画の当時には殆ど住宅で囲まれている状態であつた。そして原告先代は昭和八年六月頃既に本件土地に他より土を運び地掲げをして完全な宅地に変更し且つ同年十二月には地目変換の登記も完了していたものであるから本件土地は完全な宅地である。

(二)  次に本件土地は小作地でもない。本件土地は原告先代が昭和五年七月頃当時の小作人訴外中川利三郎から相当の離作料を支払つてその返還を受け前項記載の如く宅地化したものであるが種々の事情から住宅の建築に着手することができずそのまゝ放置されていたところ前記中川は原告先代の知らない間に本件土地を耕作し始め、更にその内北側の一部を訴外今井長三郎にも耕作させている事がわかつた。しかし原告先代も中川は元の小作人でもあるし、右両名共家を建てる時は何時でも明渡すと言うことであつたからその言を信じ正式に賃貸することもなく、同人等の不法占拠のまゝ今日に至つているのであつて同人等の小作は何等正当な権原に基くものでなく、従つて本件土地は小作地ではない。

(三)  仮に本件土地が小作農地であるとしても原告等は不在地主ではない。即ち原告先代は終戦直後から胸部疾患のため療養中であつたが当時の住所地中京区馬代町十四番地では主治医の住居と離れていて治療上色々の不便があり又経済的な事情もあつたので原告等一家は昭和二十一年四月当時の住家を売却し治療費をも準備して上京区一条町へ引越し、療養に専念することにしたものであつて、この場合は自創法第四条第二項、第二条第四項の特別の事由(自創法施行令第一条第一号の疾病に該当)によりその所有する農地のある市町村の区域内に住所を有しなくなつた場合であるから原告等は不在地主ではない。

(四)  仮に本件土地が農地として耕作されていたものであるとしても前述の如く現耕作者は明かに無権限で耕作していたのであるから若し買収するとすれば自創法第三条第五項第六号所定の農地として買収計画が定められなければならない。しかも右規定による買収は自創法施行令第十七条第一項第七号により自作農として農業に精進する見込があり、耕作業務を営む農地が自家労力に比べて著しく不足している者に売渡されなければならないから、その買収計画を樹てるについても、その売渡の相手方が前記条件に該当する者であるか否かを審査すべきであるにも拘らず被告等は此の点について何等の審査も行つていない。

(五)  更に又本件土地の内馬代町十八番地の大部分は京都都市計画街路一等三類七号路線の道路予定地で都市計画法第十六条第一項に該当し、又馬代町十四番地の一も都市計画地域内の宅地として其の利用を増進するために道路が建設されるのであるから、これ亦都市計画法第十二条第一項の規定による土地区画整理を施行する土地に包含され結局本件土地はいずれも自創法第五条第四号に該当するので仮に農地であるとしても買収出来ない土地である。

以上の様に被告中京区農業委員会の本件土地に対する買収計画は違法であり、従つて右の違法な買収計画を認容した被告京都府農業委員会の裁決も亦違法であるから右買収計画及び裁決の取消を求めるため本訴を提起したものであると述べ、本件土地については原告先代と訴外今井長三郎、中川喜一郎との間に口頭による賃貸借契約があり賃料は右両訴外人から原告先代に支払われていた旨の被告等の主張を否認し、仮に被告等主張のような口頭による契約があつたとしても、それは農地調整法第九条ノ十に違反するから無効であり、又賃料は右両訴外人等の本件土地の無断使用の謝礼として受取つたものにすぎないと述べ、証拠として甲第一号証の一乃至三、第二号証の一、二、第三、第四号証、第五号証の一、二、第六号証を提出し、証人古川恵、吉田種三郎、伊藤誠太郎の各証言、原告本人伊藤エミ尋問の結果並びに検証の結果を援用し、乙各号証の成立は認めると述べた。

被告等の各指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として原告等の主張事実中、本件土地が原告等主張の如くその所有土地であること及び被告等が夫々原告等主張の日にその主張のような買収計画及び裁決をしたことは認めるが右買収計画及び裁決を違法とする原告等の主張は全て争う。

(一)  先づ本件土地は農地である。原告先代が昭和八年頃本件土地の内十四番地の部分に地掲げをし、地目変換の手続をしたことは認めるが、しかし本件土地は西隣及び東隣の一部を除き主として農地に接続し右地掲げ以後も引続き今日まで耕作の目的に供されている実状であるから農地であることは明かである。

(二)  次に本件土地は小作地でもある。その小作契約は原告先代と耕作者との間で口頭によりなされたもので従つて契約の始期及び内容は明かではないが永年に亘つて第三者によつて耕作されている事実から見て小作地であることは明かである。即ち西ノ京馬代町十四番地ノ一及び五は訴外今井長三郎が約二十五年前から小作料を支払つて小作していたものである。又同町十八番地は訴外中川伊之助が相当以前より小作していたが大正十一年同人が死亡したため同人の子訴外中川利三郎が引続いて耕作し大正十四年に同人が職業上の都合で離農したためその弟である訴外中川喜一郎が引続いて現在まで耕作しているものである。

小作料は右利三郎名義で納めていたが原告等は右中川喜一郎の耕作を承認していたものである。

仮に右中川喜一郎の小作が利三郎の無断転貸によるものであるとしても無断転貸地であつても小作地であることには変りはなく、又その契約解除については農地調整法第九条所定の手続を要するが今迄に解除された事実もないからいずれにしても本件土地が小作地であることは明かである。

(三)  更に原告等は地区外に住所を有する不在地主であって自創法第四条第二項、第二条第四項に云う特別の事由は存在しない。

(四)  又本件土地は前記(一)乃至(三)の如く不在地主の所有する小作農地であり、被告中京区農業委員会は本件土地を自創法第三条第一項第一号の規定によつて買収計画を定めたものであるから自創法第三条第五項第六号の買収を前提とする原告等の主張は理由がない。

(五)  本件土地は自創法第五条第四号の該当地ではない。即ち右法条所定の土地区画整理施行地で一定の規準により買収を不適当とする農地として知事の指定した区域内の農地をいうのであつて本件土地は全くこれに該当していない。

以上の次第であるから本件土地に対する被告等の買収計画及び裁決はいずれも正当であり、従つて原告等の本訴請求は失当であると述べ、

立証として被告京都府農業委員会指定代理人は乙第一、第二号証の各一、二を提出し、証人今井長三郎、中川喜一郎、中川利三郎、土手竹次郎の各証言および検証の結果を援用し、甲第一号証の一乃至三の成立を認め、同第三号証は官署作成部分のみ成立を認めその余の部分並にその他の甲各号証はいずれも不知と述べ、被告中京区農業委員会指定代理人は甲号証の認否について被告京都府農業委員会指定代理人と同様に述べた。

理由

本件土地がいずれも原告等主張のようにその所有土地であること、及び右土地について被告京都市中京区農業委員会が昭和二十六年九月十日原告等主張の如き買収計画を定め、これに対し原告等が同年十月十日被告京都府農業委員会にその主張のような訴願を提起し、同年十月三十日同被告から右訴願中本件土地の買収計画に関する部分を棄却する旨の裁決があつたことは当事者間に争いがない。

そこで以不順次原告主張の当否について判断する。

(一)  本件土地は農地でないとの主張について

成立に争のない甲第一号証の一乃至三、原告本人伊藤エミの供述により真正に成立したものと認められる甲第三、四号証、第五号証の一、二に証人伊藤誠太郎、古川恵、吉田種三郎の各証言、原告伊藤エミ本人尋問並に検証の結果を綜合すると、本件土地は京都府中京区の西北端、市電丸太町線円町停留所の西北西約五百米の街外れに存在し、附近は以前殆んど田畑であつたが昭和の初頃から住宅地として発展し遂次住宅その他が建築されて本件買収計画樹立当時には大分人家が建ち並び原告先代良之輔も既に昭和五年頃本件土地の一部に住宅を建築する目的を以て十四番地の部分を当時の小作人訴外中川利三郎から離作料を支払つて返還を受け他より土を運んで約一尺五、六寸地掲をし、北側道路面と略々同じ高さになし次いで同年十二月本件土地全部につき宅地として地目変換の登記をしていたことが認められるけれども他面証人中川喜一郎、今井長三郎、中川利三郎、土手竹次郎の各証言並に検証の結果を綜合すると本件土地は前記中川利三郎の先代伊之助当時から永年に亘り同家において賃借耕作し、十四番地の部分は前記の如く一且原告先代の要求により返還したけれどもその余の十八番地の部分は右利三郎が離農したため同人の弟訴外中川喜一郎において耕作権を承継して耕作を継続し、又十四番地の部分も原告先代において地掲げをしたま建築に着手せず放置していたため右利三郎の親戚に当る訴外今井長三郎において利三郎及び原告先代の了解を得て耕作を始め右喜一郎も長三郎も本件買収計画樹立当時まで約二十年の長期間に亘り本件土地を農耕の目的に供し現況十四番地の一、五は蔬菜畑、十八番地は水田であることが認められ尚前叙の如く本件土地附近は大分人家が建ち並んだとはいうものゝ本件土地の北側は道路を距て、又東側の一部及び南側は直接他人の農地(合計数反歩)に接続し殊に西側は直接には一団の住宅に接続しているけれどもこれを距ててその西方一帯は尚相当広大な田畑となつて居て本件土地の周辺が未だすつかり住宅地化されていると云い得ないことは検証の結果によつて明かであるから前叙原告に有利な諸種の事情を考慮に入れるも尚且本件土地は農地であると認定せざるを得ない。

証人伊藤誠太郎、古川恵、吉田種三郎及び原告本人伊藤エミの供述中右認定に反する部分は措信し難く又爾余の原告の全立証を以てするも右認定を覆すに足らない。

(二)  本件土地は小作地でないとの主張について

本件土地の内十四番地の一、五は訴外今井長三郎において又十八番地は訴外中川喜一郎において約二十年の長きに亘つて耕作の目的に供し来つたものであることは前段認定の如くであり又証人中川喜一郎、今井長三郎の各証言及び成立に争のない乙第一、二号証各一、二によると同人等はその間一度も原告先代より本件土地の返還を求められたことがなく却つて毎年末小作料として相当の対価を提供し、原告先代は異議なくこれを受領していたことが認められるから仮に原告主張の如く住宅建築の際は何時でも明渡すとの約束があり又交書による明示の賃貸借契約が存在しなかつたとしても少くとも黙示の賃貸借契約が原告先代と右耕作者両名との間に成立していたものと認むべく、証人伊藤誠太郎、古川恵、吉田種三郎、原告伊藤エミ本人の供述中右認定に反する部分は措信し難く又爾余の原告の全証拠を以てするも右認定を左右するに足らない。原告は文書によらない農地の賃貸借契約は農地調整法第九条の十に違反し無効であると主張するけれども右規定は単なる訓示規定であると解するのを相当とするから前示賃貸借契約を以て無効であると云うことはできない。而して本件買収計画樹立以前において右賃貸借契約が解除せられたと認むべき事跡は全然ないから本件土地は明かに小作地であると認めなければならない。

(三)  原告等は不在地主ではないとの主張について

原告の主張自体及び原告伊藤エミ本人の供述によるも原告先代良之輔及び原告等は単に一時本件農地所在区域内の住所を離れたものではなく区域外に新住所を定めて転宅したものであり、その後今日に至るまで原告先代及び原告等は全然本件農地、所在区域内に復帰していないことが明らかであるから、たとえ原告先代病気療養のため止むを得ず転宅したものであるとしても、かゝる場合は自創法第四条第二項、第二条第四項、同法施行令第一条に該当せず原告等が在村地主とみなされないことは勿論である。

(四)  不耕作地として買収すべきものであるとの主張について

本件土地は不在地主所有の小作農地であること前認定の如くであるから被告中京区農業委員会が自創法第三条第一項第一号該当の農地として買収計画を樹立したことは正当でこれと反対の見解に立ち所謂不耕作地として買収すべきものなりとの前提の下に売渡条件の審査を云々する原告の主張はそれ自体理由がない。

(五)  本件土地は自創法第五条第四号による買収除外地に該当するとの主張について

公文書にして真正に成立したものと認められる甲第六号証によると本件土地の内十八番地の一反一畝二十一歩は京都都市計画街路一等三類七号線(但し二ケ年以内の工事執行予定に含まれない)に該当することが認められるけれども京都府知事において自創法による買収除外区域に指定したことを認むべき証拠なく、又爾余の土地については全然右法条所定の買収除外事由の存在を認むべき証拠がないからこの点に関する原告の主張も亦理由がない。

然らば本件買収計画には原告主張の違法事由の存在は一も認められず適法であり右買収計画に対する訴願を棄却した被告京都府農業委員会の裁決も亦正当であるから右各処分の取消を求める原告等の本訴請求は全部失当にして棄却を免れない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣久晃 鈴木辰行 島崎三郎)

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